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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1462号 判決

控訴人 株式会社石井建材窯業所

被控訴人 辻吉一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和三七年一月一七日売買により訴外江崎正一から別紙目録〈省略〉記載の不動産を譲受けた行為はこれを取消す。被控訴人は控訴人に対し右不動産につき京都法務局昭和三七年一月一八日受付第七九四号を以てなされた同月一七日付売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は

控訴代理人において、「(一) 原判決は控訴人と訴外江崎との請負工事契約は昭和三六年四月二三日以降同年七月二五日までに五回にわたると認定したが、最初の請負契約は控訴人が原審以来主張する如く、同年二月一七日である。爾来控訴人は右訴外人との間に同年七月二七日まで前後八回にわたつて請負工事をしたのであるが一部支払を受けたため早いものから順次弁済に充当し、右工事代金について不渡手形の発生が同年四月一六日契約の大江、一乗寺建売住宅瓦葺分からとなつたものである。

(二) 訴外江崎正一の控訴人に対する請負工事は全く取込詐欺にも等しいもので、最初は小額の契約をなしその支払をして、控訴人を安心させるや、四月一六日金一七二、〇〇〇円の多額の工事請負契約を締結し、内金五万円を前渡金として支払い、残額を約束手形として交付し、その満期までに続いて四件の請負工事を控訴人にさせたものである。

(三) したがつて、控訴人の江崎に対する請負代金残債権(前訴請求分)は昭和三六年四月一六日の契約分からではあるが、すでに同年二月一七日から請負契約は発生し債権は成立していたものである。

(四) かりに原判決認定のように訴外江崎が被控訴人との間に昭和三六年二月三日債務承認並に本件不動産についての売買一方の予約と代金と借用金との相殺予約をしたとしても、右売買完結の意思表示がいつなされたかは不明である。売買完結の意思表示をなして始めて売買の効力を生じるが、本件のように売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記のなされていない場合には詐害行為の客観的要件及び主観的の要件は完結の意思表示のなされたとき若くは登記のなされた時を基準として判断されなければならない。仮登記もなく何らの公示もせず安心して取引をしたものが、取引前に第三者と売買予約がなされていたとの一事をもつて、詐害行為の客観的要件なしとして、取引をなした債権者としての保護を奪わるべきでない。而して被控訴人の供述によれば売買予約の完結の意思表示をしたのは昭和三六年暮ないし昭和三七年一月であり、その登記は一月一八日である。」

と陳べ、〈立証省略〉……と陳べ、

たほか原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

一、被控訴人が訴外江崎正一から同人所有の別紙目録記載の不動産を含む全不動産を買受けて(但し日時の点は除く)、これについて控訴人主張の日時その主張の如き所有権移転登記をしたことは当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第一〇号証の一に弁論の全趣旨を綜合すると控訴人は昭和三六年四月二三日から同年七月二五日までの間に五回にわたり右訴外人より代金合計二〇八、二六五円相当の屋根工事を請負い、同年七月二七日までに全部施行し、その未払代金合計一五八、二六五円につき同訴外人に対して債権を有しその請求訴訟(京都地方裁判所昭和三六年(ワ)第七四六号)を提起し、控訴人において全部勝訴の確定判決を有していることが認められ、右執行により控訴人が昭和三六年一二月一八日金八、八九七円の配当を得たことは控訴人の自陳するところである。控訴人は同訴外人との請負契約は昭和三六年二月一七日が第一回であり、同日より請負代金債権は成立していると主張するけれども、控訴人も自陳するごとく前記請求訴訟当時同年四月一六日(契約)前の分についてはその代金が完済されており、未払の分についてのみ、前記訴訟を提起していたのであるから、たとえ控訴人と右訴外人との間の取引開始が控訴人主張のように昭和三六年二月一七日であつたとしても右四月一六日前の代金債権は既に消滅しているのであり、控訴人が本件詐害行為の取消権を行使しうる債権中には右消滅分は包含せられず、控訴人の債権は同年四月一六日以降に成立したものであること明かである。

三、ところで控訴人は訴外江崎正一と被控訴人との間の前記不動産の売買契約は、控訴人の右訴外人に対する前記請負代金債権を詐害するものであると主張するのでこの点について考えてみる。控訴人は右売買は昭和三七年一月一七日なされたと主張し、被控訴人は昭和三六年三月三一日なされたものであると主張抗争する。而して各成立に争のない甲第一、二号証の各一、二によると登記原因として昭和三七年一月一七日売買と記載されているところからみれば、一応同日に売買がなされたものと推定されるのであるが、原審並に当審証人江崎正一、原審証人江崎政二の各証言、原審並に当審における被控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証、確定日附印の成立に争がなく、その余の部分も右各証言及び被控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第二号証、成立に争のない乙第三号証に右各証言及び被控訴本人尋問の結果を綜合すると、右売買契約は次のような経緯で成立したものと認められる。すなわち、訴外江崎正一は昭和三六年二月三日現在において被控訴人に対し昭和二九年四月一七日以降の借用金合計金一、八八七、〇〇〇円の債務があり、これを右二月三日確認し、同年三月三一日までに全額弁済すべく、もし期日までに弁済しないときは被控訴人に対し前記不動産を時価相場で譲渡しその代金債権と右借用金債務とを対当額で相殺する旨を約した。右約束は債務確認履行契約、前記不動産についての売買一方の予約並に相殺の予約であると認めるを相当とするところ、右訴外人はその後被控訴人に対し、右借金債務を右期限内に弁済しなかつたので、被控訴人は、右訴外人の代理人である同人の弟江崎政二との間で、右売買一方の予約並に相殺の予約に基き昭和三六年暮売買代金を二五〇万円と協定したうえ右訴外人に対し右各予約を完結する旨の意思表示をし、右不動産につき抵当権設定登記のなされていた右訴外人の京都中央信用金庫に対する残債務並に被控訴人不知の間に同年八月七日設定登記のなされていた訴外鈴木信雄に対する債務につき履行の引受をし差引金一一万余円を同訴外人に交付して清算をとげ、かくて翌昭和三七年一月一八日右不動産につき同月一七日売買を原因として被控訴人は所有権移転登記を受けたことが認められる。右認定に反する控訴代表者本人の原審における供述部分は措信し難く他に右認定を左右する証拠はない。してみれば右売買予約は昭和三六年二月三日になされ、売買完結は同年暮になされたものというべきである。

しかして本来詐害行為が成立するためには、債権者の被詐害債権が詐害行為以前に発生存在することを要し、(大判大正六、一、二二、民録二三、八、最判昭和三三、二、二一民集一二、三四一)また詐害行為と目すべき当該行為が前認定のように、完結権者を買主とする売買一方の予約に基く本売買の完結である場合には、詐害行為は債務者の行為でなければならないから、被詐害債権の存否その他の詐害行為の成立要件は、右売買予約締結当時を基準としてその存否を判断すべきもの(最判昭三八、一〇、一〇、民集一七、一一、一三一三)と解すべきところ、訴外江崎正一の本件不動産の売買予約は控訴人が本件被詐害債権たる前認定の請負代金債権を取得する以前、しかも控訴人の主張する第一回の既に支払われた契約の分よりも以前の行為に属するものなること上記認定のとおりである以上、上記売買につき、控訴人に詐害行為取消権の発生するいわれはない。もつとも詐害行為が、不動産所有権の移転などのように第三者に対抗要件として登記を必要とするものである場合に債権成立前の行為として取消権が及ばないとするためには、登記も債権成立前になされることを必要とする見解(我妻栄、新訂債権総論一七九頁)があり、控訴人も登記の時を規準として詐害行為の成否を決すべき旨主張するが、当裁判所はこれを採らない。けだし登記はこれによつていわゆる物権変動そのものについて対抗力を生じるものであつて、登記された登記原因の日附にまで対抗力を生ずるものでないのはもとより、登記と異る登記原因の日時の主張の認定を妨げるものでなく(前掲最判)、また詐害行為の目的となる債務者の法律行為とは債務者がこれをなしもしくはなさない自由を有するときに債権者を害することを知つて任意にこれをなした場合にいうのであつて、法律上履行せなければならない債務を履行した如き場合は原則として包含せられないものというべく、登記原因たる売買が有効に存する限り登記をなすことは売主としての義務を履行したにすぎず、問題はその登記をする実体的な法律行為(本件でいえば前記売買予約)が詐害行為となるか否かであつて、登記のなされた時期如何は取消権の成否に影響がなく、実体的な法律行為が取消される場合に登記はその効果として抹消されるにすぎないものと解すべきである(大判大正七、七、一五民録二四、一四五三)。

以上認定のとおりとすれば本訴請求はその余の点について判断をするまでもなく、すべて失当であるから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当である。よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 島崎三郎)

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